SさんとKちゃん②

引続き、Sさんにお話を伺いました。

今回はストーマ手術から退院後です。


生後2日でKちゃんはストーマの手術をされましたが、Sさんはどのような思いでいらっしゃいましたか?

ショックな気持ちと産後の落ち着かない気持ちとであまり良くは覚えていないのですが、もともと、産まれてすぐに十二指腸閉鎖に対しての手術が必要なことは分かっていたので、手術することにおいての覚悟は出来ていたように思います。
Kちゃんの手術については、いつ、どのような説明がありましたか?また、十二指腸吻合術も受けていらっしゃいますが、同時にされたのですか?心臓の手術予定もあったかと思いますが、医師からはどのような順での手術だと説明を受けましたか?
総排泄腔の説明を受けたタイミングです。十二指腸吻合術とストーマは同じタイミングでした。
ただ、ストーマについての説明はうけたものの、もともと知識もなかったので、先生からの説明を聞いて同意して、とにかく、無事に行えることを願うばかりでした。
心臓に関しては、そのあと、状況をみながらしていくという話でした。
出産翌日に聞いた「総排泄腔遺残」、そして出産前に聞いていた疾患。ともに手術を必要とし、不安が大きかったことと思います。その際の不安や悩みを相談できる人や支えてくれる人。また支えになった事などありましたか?
夫と、退院してからは実母です。
NICUで小さな小さな体で懸命に生きているKちゃんを見て、どうか無事に生きてほしいと祈る気持ちしかありませんでした。
Kちゃんは、産まれてから約4ヶ月入院されていたそうですね。Sさん自身は10日ほどで退院されていますが、入院中はどのように過ごされていましたか?また部屋は相部屋でしたか?個室でしたか?

部屋は初め相部屋でしたが、相部屋は酷だと助産師さんが感じられたのか、すぐに『個室に移りましょうか』と声をかけて頂き、個室に移りました。
あのまま、相部屋だと、かなり辛かったと思います。
私が出産した病院では、病気のあるお子さんのママには精神的な部分や、先生との間に入りサポートしてくださる看護師の方が付いてくださるようで、
『皆がチームで、KちゃんとSさんを全力で、サポートしますから何でも私に話してください』と温かい言葉を、かけてもらいました。
その方に時折、自分の不安な気持ちを涙を流しながら聞いてもらいました。
また、NICUにいる赤ちゃんのママ向けの搾乳ダイアリーの紹介を受けて、それを書いたり、搾乳をしたり、それ以外は寝てました。

素敵な看護師さんたちがサポートしてくださったんですね。Sさんが退院後は、面会に通っていたかと思いますが、どのくらいの頻度で、面会中はどのように過ごされていましたか?

退院後、娘が転院するまでの約3週間は、実家で過ごし、週末に1度、夫と車で面会に行きました。面会中は、保育器にいる娘のお顔をみて、話しかけて、先生や看護師の方から状況を聞いて、看護師さんが書いて下さってるノートを読んで、私からのメッセージを書いて、搾乳して過ごしました。直接おっぱいをあげれない悲しさがありました。
病院までは、電車で片道1時間半はかかるので、産後の私には負担(会陰切開したので、座るのも痛く辛い状態でした)だということもあり、平日は夫が仕事終わりに娘の面会に行き、状況を教えてもらっていました。

娘の転院後(生後1ヶ月後)は、実家から、夫との住まいに戻り、少しずつ通常の生活に戻しました。転院先の病院は、県外で、電車とバスを乗り継いで片道2時間かかるため、1日おきに面会に行っていました。
毎日面会にいけないことが心苦しかったです。
転院後の病院では、医師との面談の時間があり、娘の状態、今後の見通しを毎回緊張しながら聞いていました。


なかなか会いに行けず、もどかしい思いをされたことと思います。Sさんの退院後、離れて過ごさなければならない期間中、どのような思いでおられましたか?

今日の体調はどうか、(沢山の点滴をしていたので)痛い苦しい思いをしてないだろうかと、とにかくそれが心配で、その気持ちを育児ノートに書いていました。そして、おひなまつりや、月バースデーには、画用紙に"Kちゃん○ケ月おめでとう"と書いた紙を作って面会時に持参し、写真を撮って、ベッドに飾ってもらっていました。月バースデーお祝いは、退院後も1歳まで続けました。

退院までに、ストーマケアと酸素ボンベの使用方法を覚えたそうですが、初めてのことばかりで不安も大きかったと思いますが、どのように覚えましたか?またSさん以外のご家族の方にもケアや使用方法を覚えてもらいましたか?

ストーマ管理はWOCの方から教えて頂き練習しました。酸素ボンベは、自宅に業者の方が来られて教えて下さいました。
基本、私が先に教わって、夫にも伝えるという形でした。 
約4ヶ月もの入院期間に病院に通うことは、時間的にも体力的にも、またお気持ちの面でも大変なことだったと思いますが、何か支えになったことはありますか?

娘が産まれた病院で、転院するときに1冊のノートを頂きました。なんと中身は、この1ヶ月の娘の様子を、日記にしてくださっていたのです。
先程書いた、看護師の方が、私が面会に行けなかった日の様子や病状を、事務的ではなく、なんとも愛情いっぱいに書いてくださっているノートでした。もう驚きと、感謝の気もちで涙が溢れました。これは、今も大事な宝物です。
そして、娘は生命力が強く、愛されるために生まれてきたと思いました。
そして、やはり、一生懸命生きようとしている娘の存在が支えになりました。

愛情いっぱいの素敵なノートですね!SさんとKちゃんの大切な宝物になりましたね。Kちゃんの退院が決まった時は、どんなお気持ちでしたか?

退院はとても嬉しかったです。ただ、心臓のこともありますし、もし、お家で、私一人の時に何かあったらどうしようという不安な気持ちもありました。

退院後のKちゃんのケアについてお伺いします。パウチ交換が2・3日に1回とありましたが、Sさん以外でケアをフォローしてくれる方はいましたか?

平日は基本全て私でした。
休日は夫と共に娘のケアをしていましたが、平日私がいつもしていることもあり、夫はサポート的な感じです。でも、夫は、パウチに入れる紙おむつから作る吸収剤を一緒に作ってくれたり、私が夜中にアラームをかけて搾乳をするときも一緒に起きてくれて、横にいてくれたりと精神的な支えとなりました。

ケアに関して、苦労した点や工夫したことなど、またおすすめ便利グッズやアイテムなどありましたら、教えてください。

外出する際は、パウチから便漏れした時の対策をしていました。もしものときのために、いつも、パウチのセットとお着替えを多めに持ち歩き、荷物は多めでした。
オススメグッズ
①アダプト皮膚保護シール
→パウチ交換が3日に1度でいけるようになりました。
②ガーゼハンカチ
→胴ベルトがついてるタイプのパウチを使用していたので、ベルトが直接あたって痛かったり、かぶれたりしないように、胴ベルトにガーゼハンカチを巻いていました。そのおかげで、ベルト部分のかぶれはなかったです。
③赤ちゃん用ミトン
→パウチとベルトの接合部に隙間があくのでそこにミトンをはさんだり、パウチクリップが大きくて硬いため、お肌に直接当たらないように、ミトンでカバーしていました。
④輪ゴム
→動きが活発になったり、クリップも何度も使用していると外れやすくなるため、クリップ部分を輪ゴムで留めて外れてしまわないようにしていました。
⑤紙おむつで作った水分吸収物
→初めの頃は普通のお化粧用コットンをパウチに入れていましたが、水分が吸いきれなかった為、WOCの方のアドバイスにより、作成しました。1枚のおむつから6つ出来ます。1つ入れておくと結構吸収してくれます。
たくさん工夫されていたんですね!私もぜひその時知りたかったです。
退院後の2週間後に導尿が必要になったそうですね。どのような経緯で導尿が必要になったか詳しく教えてもらえますか?

退院後2週間程(生後4ヶ月頃)経ったときのことです。その日のお昼、おむつの濡れがいつもより少し少ないな…と思っていましたが、出てないわけではなかったので様子を見ていました。しかし、夜、おむつを替えるタイミングに全くおむつが濡れていませんでした。これはやっぱりおかしいと思い、病院に電話して、病院へ駆け込みました。エコーでみると、膀胱に尿が溜まっているとのことで、すぐ導尿をして排出しました。先生からは、『よく気付いて連れて来れましたね。早めに来れてお母さん偉かったですよ』と言われ、ホッとしたのを覚えています。でも、娘はもっと早くにSOSを出していたかもしれないと思うと、気づくのが遅かったかもしれないと、娘にごめんね…という気持ちでした。

導尿のケアはどのようにして習得されましたか?

尿が出ていなくて病院に駆け込んだ日から数日入院しました。
その期間に、娘には何時間おきの導尿が必要か先生方が精査しながら、私は、泌尿器科の先生から、手取り足取り導尿の仕方を教えてもらい、退院しました。

導尿が必要になった時の、Sさんのお気持ちをお聞かせください。また導尿に関して、医師からその可能性があるとのお話が、手術前にあったのでしょうか?

私は、それまで"導尿"という言葉すら知らなかったですし、この処置をしてあげないと娘は排尿が出来ないんだと思うと、とてもショックでした。心臓だけでなく、娘の膀胱も苦しくならないように、今後、娘の出す些細な信号も見落とさずに、今よりもっと気をつけて見てあげなきゃ、私に気付けるかな…という不安な気持ちもありました。
娘は、それまでは順調に排尿されていましたし、この時点までで受けてきた手術は、ストーマ造設と十二指腸吻合術でしたので、詳しくは覚えてませんが、排尿に関する術前説明はなかったと思います。

Kちゃんとのご自宅での生活がスタートして、嬉しかったことや印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

いつもお顔を見れるのが嬉しかったです。美味しそうにおっぱいをごくごく飲んだり、ご機嫌そうにしている姿、寝ている姿、全て愛らしかったです。

やはりいつも側で見られるのは、離れていた時間が長かった分、喜びも大きかったことと思います。実際、ご自宅での生活がスタートしてからの不安や悩みを相談できる人はいましたか?

担当の保健師さんが月1度はお家に来てくださり、娘の様子や私の話を聞いて下さっていました。
とても優しい方で、『役所へ提出が必要な書類を届けたり、県外の病院も一緒に行きますよ。何でも言ってくださいね』と心強い言葉をくださったり、園選びも、"Kちゃんに合う幼稚園を一緒に探していきましょう‘’と言う感じで、役所側ではなく、私側の立場で一緒に考えて、そして、必要な情報をくださったりと、とにかく心強く思える存在でした。
娘が2歳過ぎの頃、私達が夫の転勤のため県外に引越しましたが、右も左も分からなかったあの時期を、その保健師さんに担当頂いたのは本当に心強かったです。
心強い保健師さんに出会えて本当によかったですね!

Sさんのお話は③に続きます。

モモの会

ピアサポート 【モモの会】です。 モモの会は総排泄腔疾患の娘を持つママたちの集いで、こちらのサイトはモモの会のメンバーで運営しています。

0コメント

  • 1000 / 1000